職人
秋山は、西武ライオンズの主砲=花形スターであると同時に、職人でもあった。
彼の守備は、それまでの、外野守備の常識をくつがえすものであった。
巨人のクロマティに代表されるように、それまでの狭い球場での外野は
「守れない選手」「打つだけの選手」の集まったポジションであった。
両翼90メートルの球場が主だった時代に、突如出現した、両翼95メートルの広い西武ライオンズ球場。
そこには「守れない」外野はいらなかった。
「走って、守って、取って、投げる」を実践できる選手でなければならなかった。
81年ドラフト外入団。
82年、83年と米教育リーグに参加。
当初守っていたサードから、センターにコンバートされ、秋山の花が開いた。
メジャーリーガーは彼を「アメリカに連れて帰りたい選手」「メジャーに一番近い選手」と言った。
彼が、外野手を今の地位まで引き上げたと言っても過言ではない。
元々なんでもこなす人間で、どちらかというと、器用貧乏である。
また、大人しい性格もあいまって、そのままだと「脇役」コースまっしぐらだ。
秋山の一世一代のパフォーマンス。
それが、日本シリーズでの「バック転ホームイン」だ。
打っても打っても地味な印象がぬぐえなかった秋山が、スターの座を全国に知らしめた瞬間である。
全国ネットで放送されたこのシーンは、後の、秋山を語る番組で必ず取り上げられる。
そしてこれは、ライオンズ王国時代の到来を告げるシーンでもあった。

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